雑食思想の溜め池

生活していれば自然と湧き出て来る思いの数々。ここは、ぼくの中でゲシュタルト形成や拡張へ向けて流れ着いた、様々な興味の源泉からの思想が集う場所である・・・。と意気込んで始めたものの、だんだんとその色が薄くなってきました。

たかが5分間の訪問者、されどそのための労力は想像力の深い人にしかわからない

この日がやってきた。

数週間前に予告されたある機関からの訪問者。

それはガス会社だ。

それも単なるガス器具の点検。

何とも大げさな。

そう思うのも無理はない・・・人もいるだろう。

いや、かなりいるだろう。

しかし何といってもコロナ禍において我が家に誰かを迎え入れることは

我が家の厚生労働大臣にとって大きな負担なのだ。

 

前日の晩、大臣が

「明日は早く起きなければ!」

と気合を入れて床に就いた。

のんきなぼくは既に忘れていたが、

「あ、そういえば・・・」

程度に思い出し寝落ちした。

それだけのことだ。

 

ー翌日ー

インターフォンがなった。

ガス会社の方がやってきたのだ。

外のメーターを一通りチェックして宅内に入る。

準備が万端に整えられたスリッパをさっと出して

大臣は訪問者を視野に置きながらガスの元栓へと導く。

我が家は、玄関から入ってほぼ一直線で台所へ辿り着き、

そのドン突きにガスコンロがある。

現場に到着して、特に問題のない確認のための会話を交わす。

そして、今来た道を戻っていく。

ぼくがその道を横切ろうとしたとき

大臣の手で制止させられた。

そのまま、訪問者を送り出すと堰を切ったかのように

ぼくに向かって大臣は言った。

「その辺踏んじゃダメ!」

そういうと、その辺のアルコール消毒を始めた。

もちろんそこはガスの方がたどった道。

大臣にはまるで大きなカタツムリが通ったかのように見えているのだろうか。

玄関からガスコンロまでの幅約50cmの道のりだ。

え?

「スリッパ履いてたでしょ?」

「裾が床を擦っていたのよ。なんであんな長い裾のズボンなん!」

つまり、作業員は最近のプロ野球選手のようにスパイクが見えないぐらいの長さのズボンを履いている(一昔前の野球選手【例:イチロー選手のスタイル】のストッキング姿ではない)わけで、その裾が床を擦っていたというのだ。

その作業員は我が家に辿り着く前に駅のトイレに寄ったかもしれないし、その裾がどこに触れていたかわからないでしょというわけだ。

さらにその方が去ったあと、そのスリッパはビニール袋に入れられて処分された。

それだけ、無差別的にいろいろなところを出入りしている作業着の人への猜疑心は強い。もちろんそのような方が働いてくださっているために、この世の中は成り立っているということもわかっている。だけどもそれとこれとは別問題だということだ。

スリッパについて、捨てるのはいくら何でもやり過ぎでは?と思ったが、来客用でしばらく使ってきた100均のものだから今回を最後に捨てようと準備していたらしい。とはいっても、もともとうちには来客が少ないので、そのスリッパは型も崩れていないしぼくにはまだ新品に見えた。

そうこうしているうちに、宅配便の方が姿を現した。

ぼくが対応しようと玄関に下りようと大臣は一瞬

「あっ・・・」

という顔をした。

ぼくは『今度は何?』と思いながら、

その顔を見ないふりをして玄関へ下りて荷物を受け取った。

宅配便の方が去っていき、ぼくが玄関先で開梱作業をしていると、

「入ってくる前に言ってね」

というから何かと訊くと

「さっきのガスの人、丁寧にもそのサンダルを揃えていってくれたんよ。

もう、この時期なんだから余計なことしないでいいのに・・・」

そういうと、作業が終わったぼくをつま先立ちでお風呂に直行させ、足を洗うよう指示をすると、サンダルを念入りにアルコール消毒を始めた。

いやあ、ガスの方は自分の通り道を少しでも整えようとして行った行為、もしくは長年で身に付いた歯磨きのように当然の行為がコロナウイルス対策の意識が高い人のTPOには合っていなかったんですね。うちの大臣もガス会社の方のその気配りや、コロナという条件さえ加わらなければ逆に当然となる行為だとはわかっているのだけども、それよりも今はコロナウイルスの感染防止が大事でしょ、そのためにはもっと深く考えて欲しい、できるだけ触らないで欲しい、新たな当然の行為または不行為を考えて欲しいということで言葉が荒くなったのだ。聞こえていないからと言って「余計なこと」とは言い過ぎでしょうが、同じ行為一つとっても時と場合、人によっては受け取られ方が違うということなのだ。

それにしても、人の動きよく見ている。

今回のガス会社の方の訪問にあたり事前に受け取っていたパンフレットには、作業員はちゃんと手の消毒はしている、コロナに関して意識はしているということが説明されてはいたが、うちの大臣からしたらまだまだ足りないのだ。その人の所持品は毎日消毒しているのですか?いくら手を消毒しても消毒していない他の物を触ってしまえば、直ちにその手は汚染されるのだ。作業員の方もそこまできれいにすることは現実的ではないことも大臣はわかっている。そしてパンフレットの記述ではそんな一人一人の意識まで統一されているかどうかはわからない。

多くの訪問者はカバンを床に置きますが、そのカバンはどんな床に置きますか?大臣はその方が訪問中カバンをいつ床に置くかヒヤヒヤもんだったという。でも置かないでくれたことを有難く感じ、そして何かに署名するためにペンを渡されると思っていたがそれもしなくて済んでホッしたようです。

ほんの5分にも満たないほどの間で、ぼくからしたらほどんどどこにも触っていないと思われるこの訪問で、これだけの神経を使うのだから、数か月前、インターネットのプロバイダーを楽天ひかりに変えたいというぼくの希望を頑なに拒んだことも納得がいく。もっと長い距離、狭い階段やスペースを通るわけだから。

ただ、単なる汚れや菌とコロナウイルスを全て一緒くたにしているようにも思えてならないことは事実。まあ大は小を兼ねる的な考え方でコロナウイルスの蔓延防止に取り組んでいるのはわかるが、おそらくこれを万人に適用したら息が詰まりそうだということにもなりそうだ。

とりあえず、今はところどころで文句は言いつつ筋が通っている限りうちの大臣のポリシーに則って生活している。コロナ禍により窒息しないよう気を付けながら。