雑食思想の溜め池

生活していれば自然と湧き出て来る思いの数々。ここは、ぼくの中でゲシュタルト形成や拡張へ向けて流れ着いた、様々な興味の源泉からの思想が集う場所である。

我が家の大蔵省ならぬ厚生労働省

うちには「大蔵省」はいない。

今では財務省金融庁が後継官庁だという話ではない。言うまでもなく多くの一般家庭で家計を担う家族のことを例えて使われる表現(今でも使われているのだろうか?)で、多くの家庭では奥さんがそこに当てはまるだろう。そういう意味で我が家には大蔵省はおらず、奥方は「厚生労働省」の役を担っている。意味するところは言わずもがなであろう。そしてその権力は大蔵省に匹敵するぐらい強い。

現在世間で迷惑をかけている新型コロナウイルスに対して、我が細君は非常に敏感になっている。実際に猛威を振るいだした3月以前から出川哲郎ばりに絶対「やばいよ、やばいよ」と注意を払っていた。その意識の持ち方というのが、普段から家の外と中の区別に関して厳しく、外出から戻ったときの一連の動作はまるで「風の谷のナウシカ」に出てくる腐海から戻って来たかのようで、汚染された空気で家の中が汚されぬように、コロナ以前から徹底してきていた。雨に降られようならカバンまで即洗濯籠へ直行だ。腐海の空気の中を通過してきた雨水をそんなに汚いと感じる感覚。でも思い返せば子供のころ自然が豊かとはいえない地域の地面に積もった雪を食べようとして親に汚いからやめなさいと言われたことがあった。まあ口に入れようとするものならわからなくもない。だからと言って何をそんなに恐れているんだ、そんなに外の空気は汚いのかと言いたくなるほどの徹底ぶりだった。いや実際に訊いてみてもデータを持っているわけでもないので納得のいく答えは返ってこない。生理的なものなんだろう。そんな厚労大臣直伝の帰宅後の対策に対して、ぼくにも長年鍛え上げられてきた甲斐あり、かなり彼女の目線に合わせられるようになってきている。そして除菌対策に関してもある程度のベースができているため、ウイルス予防が叫ばれるようになってもほんの少しのアップデートで済むと思っていたが、コロナ発生からはそのルーティーンはかなり進化しているため、ぼくの中の抗体生成は追いついていない。

そう聞くと、なあんだ潔癖症かと思われるかもしれないが、それとはわけが違う。汚いものも触れるし、外では普通にふるまえるのだ。ただ、我が家の中に入ると、モノを清潔と汚れのカテゴリーに執拗に分けたがっているようで、その区域は細かく言えば玄関から寝室にかけて清潔度が増していく。

その感覚は「これらは汚いもの」と自分が定義したものだけに触れ続けているなら何の問題もない。しかしそこへ「これは清潔なもの」と定義したものが入ってくるとそれを汚いものを触っていた手で触ることができない。いや、触りたくない。触ると決断したのなら、もしくは不本意にも触ってしまったら、それはその時点から「汚いもの」だと認識を変える。

出戻り時のルーティン

外出から戻った時のルーティンを説明しよう。

外出から帰り家に入るには靴を脱ぐ。当たり前だ。しかし同時に靴下も脱ぐ。その際、片足立ちができないからと言って壁に手を当てて体を支えようものならイエローカードが出る。だからまずは手を消毒、ズボンのすそを折り曲げる。そして必要とあれば壁に手をつき靴を脱ぎ、その足を家の中に踏み入れる前に空いている方の手で靴下を脱ぎ、家の中への第一歩が始まる。

それなら玄関に座って脱げば?と思うかもしれない。甘い。あなたは外出中どこかに座りませんでしたか?Yesならばもうそのズボンは汚いのです。電車のシートだけだよと言うかもしれない。しかしそのシートには誰が座っていたかわからないでしょ?となる。もしかしたら行儀の悪い子供が靴のままシートに上がっていたかもしれない。レストランの椅子に座っただけだよと言うかもしれない。それでもNo-Noだ。その椅子に座った誰かがその椅子に座る前にどこに座ったかわからないでしょ?という理論だ。だからといって本当にどこにも座っていなくても、腐海にいたということで、もう汚いのだ。これは諦めるしかない。

そして靴はコロナウイルスどうこう関係なく、ずっと前から汚いものとして認定されており、ゆえに靴に触れていた靴下はもちろんのこと、ズボンのすそも汚いのだ。そのために床やどこかに触れないように捲るのである。でもズボンの裏側はきれいなのでそこを触る前に手を消毒する。靴下を脱ぐときは裏返しになるように脱ぐ。そうすることで靴に触れていた部分を「封じ込める」のだ。大臣にしてみたら汗はきれいな方へ分類される。

だから来客があると、まさか靴下を脱がすわけにも服を着替えさせるわけにもいかないし、ホスピタリティというものがあるので、無理はさせられない。そのために来客用のスリッパを出す。たまに冷たい床を心配してスリッパを出されていると勘違いするお客さんが「大丈夫です」とか遠慮するものなら、そこからはその人が歩いた後を踏まぬようにし、その上その道筋を全て記憶していくことになる。何のため?もうお分かりだろう。そしてそういうときは限定的に家の中に汚い(外)レベルのエリアを想定し、できるだけその中で過ごしてもらうよう誘導する。

4万5千ポイントに代えてでも・・・断る!

ここで家の外と中の認識の強さがどれ程のものかというエピソードを紹介しよう。我が家では楽天市場をよく使う。そのために楽天のポイント獲得はとても大切でそのためにSPUという条件をクリアしていくことがカギとなる。そのSPUの一つに、インターネット回線に楽天のひかりを導入すればSPUが一つ増えるのだが、ある月がそのキャンペーンの対象にもなり乗りかえるにもちょうどよい時期で、さらに45,000ポイント程獲得できるチャンスだったのだ。しかし、設置のための宅内工事場所が寝室近くということに引っかかった。宅内工事がどのようなものであるか経験上知っているにもかかわらず、作業着を着たような人を入れたくないという強い要望があり、45,000ポイントを棒に振ったのだ。今のインターネットはSoftbank Airであるため、工事が不要だった。大臣はその点が気に入っている。そこまで嫌なのであれば、運命共同体である限り無理強いはできぬと諦めたが、広告を見かけるなど、事あるごとにもったいないなという気持ちが沸き上がるのは隠せぬ事実だ。

死守したいウイルスの侵入

そこまでコロナウイルスに対して慎重である大臣は事実責任感が強い。特に子供と密に接する仕事上、密な接し方を避けられない代わりに絶対にコロナを移すまい移されまいという意識が強いため、しばしば報道番組や特番で報じられている対策を何重にも自分に課し実行している。もちろん同居人であるぼくもそんな大臣にウイルスを移してはならないので、ぼく自身も移されないように予防しなければならない。そんなわけで、毎日怒られながらルーティン漏れを訂正されている。

話がだいぶ逸れしてまった。ルーティンの話はどこまで進んだであろう。そうそう、やっと家に上がるところだ。靴を脱いで家に入ったら部屋に行く?ブー。スマホを置く。特設スマホ置き場に置く。まあこれはわかる。スマホは外にいるときに外にいる状態の手で触っているからだ。このスマホの消毒に関してはコロナウイルス以前はぼくのスマホに関しては大目に見ていたようであったが、気にはなっていたようでぼくのスマホを触りたがらない。ぼくらのスマホはお互い自由に見ても構わないものだが、ぼくのスマホは「汚」によって覗き見から守られていた。しかし今やこの感染ルートは見過ごすわけにはいかず、ぼくのスマホに対しても適用されぼくもそれを受け入れている。

そして手を洗いに行く。カバンや上着など周りに触らないように慎重に。その時洗面台のドアノブを触らないでいいようにドアは常に開いている。そして部屋に行きカバンはカバン置き場に置く。服も再び着るのであれば、「汚い服」セクションのハンガーにかける。この汚い服と言っても泥が付いているとか、砂が付いているとかではない。「腐海」に一度着ていったものは無条件で汚くなるのだ。そしてできればここで一度手を洗いたい。さっき洗ったばかりなのになぜ?なぜならその時点で「汚い服」を触って脱いでいたから手は再び汚いと認識されているのだ。そこで室内の服に着替えたら室内着が汚れてしまう。しかしそのために一階に下りて行って手を洗っていたら面倒極まりないし、冬場は寒すぎる。交渉の末、冬季に限りあまりガッツリ触らずに着替えるという条件でこの時点では手を洗わなくてよいとなった。しかし、着替え終わったら手を洗う。

そして必要であれば、というかまず必要となるのだが「汚い」スマホをアルコール消毒し屋内使用が可能となる。

とりあえず、ここまでが帰宅時の基本的なルーティンだ。

モノを持ち帰ったときのルーティン

さて、身一つで帰宅したときはまだ「これだけ」で済むが、モノを持って帰ってきたら大変だ。幸いぼくは比較的というか、ほとんど家にいるのでそれほど問題なく過ごせているが、大臣が、特に買い物から帰ってくるとその後の工程が非常に大変だ。外と中の清潔度の認識の差が激しいので、買った商品は家に入る前にすべて消毒される必要がある。つまりイエローゾーンなるものが必要なのだ。しかし無い。だから頭の中で常にきれいなものと汚いものを認識しながら作業をする必要がある。前述したように、それなりの「清」と「汚」の区別は、ウイルス騒動以前から行われていた。

野菜などのビニール袋に入った買い物は、台所までその袋が家の中の壁を含め何にも触れないように持ち込み、カウンターに置かれ、袋と内容物を交互にさわらないように気を付けながら開封したり、内容物も陳列棚に置かれていたようなものはアルコールで拭かれる。ビニール袋はプラスチックのリサイクル袋に直行する。

あくまでもこれはぼくの認識であるため、どれだけ正確に理解しているかは怪しいものだが、とにかく目に見えない「汚」と「清」を正確に認識し混同しないように触れて操るその動作はそう簡単にマネできるものではない。

そこまでは外出時の服を着たまま行われる。それが終わってようやく家の中の服装に着替えるが、それもまた慎重に行う。うちには猫がいるので、大臣の帰宅時にぼくが家にいるときは、大臣の帰宅後のルーティーンが終わるまで彼らと一緒に一つの部屋に閉じこもっている。その作業が長いときは30分から40分かかる。

そんなこともあり、買い物はできるだけインターネットを使っている。とはいえ、ネットで買って配達されてきたものも所詮「外からの侵入物」。家の中に入れるには消毒される必要があるのだ。そしてその配達物の受け取りはぼくの役割だ。

宅配便受け取りのルーティン

次は宅配便受け取りのルーティンだ。

ピンポンがなると玄関へ出かけ配達物(だいたいは箱)を受け取る。用意してある台の上に配達物を置き、まず手をアルコール消毒する。そして宛名の個人情報を消すスタンプでコロコロする。カッターを手に取り外箱を開ける。内容物に触れる前に再び手を消毒。内容物を奇麗なものと認定されている紙などを敷いて、そこに一品ずつ消毒して置いていく。冷凍ものや冷蔵もの、すぐ使うものは玄関でスタンバっている大臣に直接手渡しでリレーし後で消毒するなど、その辺は臨機応変に対応することになる。

いずれにしても、この作業はコロナ前まではまだましだったが、最近いろいろと新型ウイルスの知識が増えてきたらだんだんと注意力が必要になってきたのだ。はっきり言って無意識ではこれには対応しきれない。

いずれにせよ、これが我が厚生労働大臣からのお達しだ。この新型コロナウイルスの出現によって、これから「うちの厚労省は・・・」という言い回しが誕生する日も近いのではないか。家族内の大蔵省とは異なり厚労省は文字通り命に係わる災いの対策を講じているのだから感謝こそすれど揶揄しては申し訳ないが、正直なところ、やり過ぎではと思えることもある。その徹底度合いに他の家族がどのくらい理解し同意してくれるか難しいところだろう。つまり数粒のコロナウイルスに触ったぐらいでは感染しないと言われているわけで、神経質になり過ぎるがあまり気がおかしくなっては元も子もないからだ。しかし対応不十分で感染拡大に寄与してしまうよりは、過対応の中で怒られながらも健康でいる方がいいことは確かだ。

外からのモノへの対策・・・宅内検疫所の設置

とはいえ、この心理的負担をいくらかは軽減したいものだ。

昨今の報道や自らの調査によって新型コロナウイルスについての知識が以前よりも多くなってきた。そして生存環境についての知識もえらるようになってきた。さまざまな物の表面に付いたウイルスはどのくらい生き延びられるかというものだ。下界のものを家の中に持ち込むことがこれだけ困難になった今、それなら生鮮食料品を除いてはわざわざ消毒しなくても、放っておいて死滅するのを待てばいいのではないか。どのくらいで死滅してくれるのか。そうしてくれたらどれだけ楽かと考えるようになった。ある調べによると通常の室温(22度、湿度約65%)の環境下において以下のようなデータがある。

  • 印刷物(紙類)やティッシュペーパーの場合、感染力を持ったウイルスは3時間後には検出されなくなった。
  • 加工木材と布地では、2日後にはウイルスは検出されなくなった。
  • ガラスや紙幣では、ウイルスが検出されなくなるまで4日かかった。
  • ステンレスとプラスチックの表面の場合、7日後にウイルスが検出されなくなった。

こう見るとかなり長い間生存が可能なことが分かった。

これまで玄関先での対策や買い物後の家の中での消毒作業などを考えると非常に多くの消毒剤を消費することになり、またそのための時間がとても長い。だからといって買い物してきたものをすぐに消費したり使ったりするのかというとそうでもないものが多いわけだ。

それなら、可能な限りしばらく放置して自然に死滅させることにするのはどうか?となったわけである。そして比較的大きな段ボール箱を用意して、しばらく玄関先に置いておくことにした。

実際にウイルスの生存を確認するわけではないが、かなりの消滅を見込めるだけ置いておく「検疫所」のようなものだ。しかし段ボール箱はどちらかというと平たいものが多く、面積を取り過ぎる。加えてどこかの企業のロゴが入っている。そこでうちの玄関に合ったあまり見てくれを損なわない箱が欲しいなということになり、「検疫箱」を作るはめに・・・いや、製作することになったのである。

長い話がようやく終わるが、そういう経緯で検疫箱製作がスタートした。