
前回、ロマンス語は優しい言語なのかもと書いたあと、ちょっとシックリしないと言ってました。
その点について、ちょっと深掘りしてみます。
優しい理由
まずは、ぼくがなぜ「ロマンス語は優しい」ということに行き着いたかというと、それらの言語は、接続法が存在することで聞き手が聴いている話し手の内容が現実のことなのか、非現実のことなのかを判別できる文法になっているからだということを書きました。
その対極が日本語でした。
スペイン語にその文法必要?
しかし、最近このことを考えてて思ったんです。
いや、誤解しないでほしいのは、スペイン語を勉強するうえで、接続法を学ぶ必要がないと言いたいわけではありません。
実際の事としてスペイン語やロマンス語は、そういう文法で成り立っているので、彼らと意思疎通したいなら勉強する必要はあります。
ぼくが今書こうとしているのは、そもそも論なので、本来考える必要のないことです。
だから、書きすぎると単にグチに聞こえる可能性があるので、ちょっと心配です。
日本語が聞き手に厳し過ぎる?
さて、この問題を考えるにあたり重要なことは語順です。
日本語の基本的な語順は、SOVですね。
対してスペイン語はSVOです。
厳密にはスペイン語では主語が最後に来ることもありますので、あくまでも「基本的には」という話です。
そして重文になった場合、このO(目的語)の部分には名詞のみならず、節(S2+V2+O2)も入りますね。
こんな感じです。
□スペイン語:S1+V1+(S2+V2+O2)
□日本語:S1+(S2+V2+O2)+V1
スペイン語の場合、このV1が願望や依頼、提案などの動詞だとV2動詞に接続法を適用するわけです。
で、日本語は、V1が願望や依頼などの場合、V2の動詞を、形からは判別できないけど接続法的に解釈するわけです。
もちろん全ての文章がこの文型に当てはまるわけではないことは言うまでもありません。
さて、日本語はこの(S2+V2+O2)の部分が長くなることが多いですよね。
特に言いたいことが定まってなかったり、言いにくい、または言いたくないことを言わないといけない時などに長くなりますよね。
そしてなかなかV1が発話されない。
そこで、実際の経験を思い出してください。
聞く方としては、やっとV1が出てきて、願望や依頼などの動詞であることを見届けると、そこでやっとV2が接続法(非現実)であることが特定され、話し手の意図が伝達されるのです。
でも、だいたい、その辺は日本人の特技というか、日本人ならではの想像力の賜物か、途中からV1の「あたり」をつけて「今や遅し」と待ち構えながら意図を汲み取り始めると思うのです。
それならば、もしも先に現れるV2が接続法の形を取っていれば、とても聴きやすくなると思うのですがどうでしょうね?ということを言いたかったのです。
場合によって、または話者の文章構成能力によっては、V2の主語がS1なのかS2なのかがわかりにくいこともありませんか。
途中で、「えっと、V2をするのは主語はS1ですか、S2ですか」のような確認をしながら話を進めることがありませんか。
もしも接続法に活用された動詞が先に出てくれば、「あ、この文章の趣旨は依頼事か願い事なんだな」とわかるからです。
聞き手の負担がだいぶ減ると思いませんか。
それに対して、スペイン語は語順として必ずV1が先に発話されます。
それなら、後から発話されるV2には必ず接続法を使えというルールなのだから、これからその節で非現実のことが発話されることはわかっているのです。
V2が非現実の形を取るのは、単に統一感を出すためとしてであり、実用的な理由はないように思えるのは浅はかな考えでしょうか。
接続法の退化?
英語での文章構築の際に接続法という文法を意識することが、正しい文法の英語を身に付ける上で役に立つのは、自分の中では間違いないし、日本語にあったら便利な文法とも思うのですが、実用面でみると、語順的な理由から、スペイン語や英語には必要ないように思えてきたんです。
正に、「余計なこと」のように思えてます。
言語の歴史についてはまったく何の知識もないので完全な推測でしかありませんが、もしかしたら、スペイン語と同じSVOの語順の言語は、もともと接続法を使っていたけど、語順の理由で必要性を感じられなくなってきたため、ロマンス語以外の言語では「退化」してしまったのではないでしょうか。
こんな事言うと、スペイン語ネイティブからは「余計なお世話」だと思われるでしょう。
はい、だから愚痴に聞こえたらすみません。
でも、言語学習者はお互いに同じような事を感じてないですかね。「ヘンな文法」とか「合理性のない文法」だとか感じてる人は多いのではないでしょうか。
そして、ブツブツ文句を言いながらも学習を楽しんで、気がついたら自然と適用するようになっていく、そんな気がします。
ぼくも、スペイン語学習を続けていく中で、「実は余計ではなかった!」というような理由を見つけるかもしれません。